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幸手を再興するには

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Ⅰ幸手(さって)市の置かれた現状

減少の続く幸手市の人口

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 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、幸手の人口は、今後27年間で約46%減少すると見込まれています。埼玉県全体の人口が23%減少するという中で、46%も減少するというのは、相対的にみて際立って高い減少率と言わざるを得ません。その原因は一体、どこにあるのでしょうか。
 どのような理由によって、このような高い減少率になるのか詳細は不明ですが、結論から言えば、その原因は、幸手という場所に人々を魅きつける街としての魅力が乏しい、ということに集約されるように思います。

魅力ある都市の条件

 では、人を魅きつける街の魅力とは一体何でしょうか。これについては、個人的な好みもあり、定義づけは難しいところです。都市工学者の石川栄耀氏が「住みたい町の条件」は何かということで行ったアンケート調査の結果が参考になるように思います。この調査結果によれば、次の5項目が上位を占めたそうです。

①緑が多いこと、②川が街の真ん中を流れていること、③坂道があること、④名所旧跡があること、⑤食べ物のうまいところであること

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 みなそれぞれに納得できるような項目ばかりです。これをわが街幸手に当てはめてみるとどうなるでしょうか。残念ながら、一つも該当する項目はなさそうです。
 例えば、①の緑が多いこと、という条件。スカイハイツ最上階のベランダから眺めてみれば一目瞭然です。決して緑が多い街とは言えません。むしろ東京の方がはるかに緑の多いことは明らかです。
 ②の川が街の真ん中を流れているという条件も、厳しいものがあります。札幌の石狩川、仙台市の広瀬川、新潟市の信濃川、岡山市の吉井川、広島市の太田川、徳島市の吉野川、福岡市の筑後川など、有名な大都市には大河川があります。大きな川は、母なる川として、それ自体で美しい景観作りに寄与します。そこに行って遊んだり,散歩をしたり、憩いの空間としても大きな役割を果たします。歌謡曲、演歌の素材としても欠かせない存在です。それだけ、人との結びつきが強いということだと思います。アンケートでいう川というのは、このようなイメージを指しているものと思われます。
 ③の坂道があること、という条件は、関東平野のど真ん中に位置する幸手としては、全くクリアできるものではありません。
 ④の名所旧跡があることという条件をクリアすることも、かなり苦しいでしょう。権現堂桜堤は、一応、名所と言ってよいでしょうが、それ以外に際立った名所旧跡はありません。
 ⑤の食べ物のうまいところという条件もかなり厳しそうです。国道4号線沿いなどには大型店舗が出店していますが、ショッピングセンターとしての位置づけであり、飲食中心のお店ではありません。国道沿いに大手系列のファーストフード店がかなり進出していますが、これらは基本的に大衆的なお店という位置づけであり、いわゆる食通好みのお店という訳ではありません。僅かに、寿司店とラーメンのお店は、その数と味の点で、まあ平均点以上は獲得しているかもしれません。

魅力ある都市になれるか

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 こうしてみてくると、私たちの住む幸手の街は、住みたい街の要素がほとんど満たされていない、と言っても過言ではないと思われます。
 では、これからの努力によって、これらの要素をカバーすることはできるのでしょうか。結論から言えば、無理だと思います。急ごしらえで大きな川を作ったり、坂道をつくったり、名所旧跡をつくることはできません。できることと言えば、せいぜい市民の協力で少しばかり花や緑を増やすことくらいでしょうか。

 それでは、私達市民は、今後、この衰退していく幸手市の行く末を指をくわえて見ている以外に方法はないのでしょうか。何か方法があるとすれば、何をどうすればよいのでしょうか。
 私の個人的な考えは、次のようになります。

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Ⅱ 解決の方向性

人間の幸せとは

 人は誰でも1人で生まれ、たった1人で死んでいきます。幸福感や物の考え方、価値観も、それぞれ生まれ育った環境によって異なります。数億円の資産を抱えながら、孤独に苛まれ、自ら命を絶った藤圭子さんのような人もいます。生まれついた場所が偶々アフリカの奥地であったが故に、文明の息吹を嗅ぐこともないかわり、常に、人間関係が濃密で、不幸という概念すらもたないまま、天寿を全うしていく原住民達もいます。
 自分自身のことを振り返ってみても、寂びれた田舎町を飛び出し、都会暮らしを夢見て東京に出てきました。サラリーマン戦士の端くれとして、朝はラッシュの通勤電車に揺られ、夜遅くまで残業し、遠い我が家にやっと辿り着く。土曜・日曜は家族サービスに明け暮れ、30年ローンでやっと手に入れたマイホームは、50坪程度のささやかな一戸建て。これでも少しは出世したつもりになり、何十年かぶりに田舎に帰り、懐かしい同窓生と出会う。すると、田舎に残った元クラスメート達は、使い切れないほどの農地を保有し、自家用車も2台、3台と保有している。晴れた日には、その車で友達同士誘い合って、ゴルフに興じている。都会の人間は予約が前提だから、晴雨に関係なく遠方に出かけ、雨の中でもゴルフをしなければならない。
 食べ物だって、何から何までスーパーなどお店から調達しなければ、1日たりとも生活を維持することはできない。僅かな蓄えと、年金にすがる老後の生活。これとて、膨大な国の借金を考えれば、いつインフレの荒波に飲み込まれ、笹の葉の先についた朝露の如く、儚く消えてゆくかもしれない不安と同居しています。

幸手で豊かに暮らすには

 田舎に残った友人達は、自分で食べる程度の米や野菜は自分で作り、ほとんど自給自足が可能です。たとえインフレの波が襲ってきても、最低限、食べて寝る生活ができれば、大きな不安はありません。衣服だって、これまでのものを着回せば、当面、生活に困るということはないはずです。
 このように考えてくると、これは、何かがおかしい。自分の方がより豊かな生活を実現したと思っていたのに、自分達サラリーマンの方が、逆に、周回遅れのグランドを群れを成して走っているような空しさに陥るのです。そういう挫折感、虚無感を抱いているサラリーマンや高齢者は少なくない筈です。
 このような時代に、幸手をわが街として暮らす私達は、今後、このような厳しい人口減少と高齢化の時代に、どのように対処していけばよいのでしょうか。個人的な意見ではありますが、私は、まだまだ豊かに過ごす方法はあると信じています。そのために、私は、次の3つの方策を提案したいと思います。

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第1の方策  農業を見直す

農業は楽しい

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 私は、那須の地に畑を保有し、耕作しています。数年前に亡くなった父の土地を相続したものです。草茫茫ではご近所の迷惑になるので、やむなく月に数回帰って、手入れをしているんです。高速料金とガソリン代を払って帰っても、作るものは、せいぜい老夫婦二人が食べる野菜程度です。余ったものは知人やご近所さんに配って終わりです。
 実際に畑仕事をやってみると、これは実に楽しい。サラリーマン時代の仕事にもそれなりに充実感がありましたが、それ以上に畑仕事は楽しい。野菜作りは、自分で手を加えれば100%きちんと応えてくれます。自分で作った作物を自分や家族が食べる喜び、これは実際に農業をやった人でなければ分からない喜びと言えるでしょう。
 ですから、高齢者だけでなく、若い人たちも、上手に農業へ誘導すれば耕作放棄地(全国で107ha)なんて生じるはずがありません。行政の指導で、遊休農地をつくることを強制するなどということは、愚策中の愚策。政治家や農業団体、あるいは農政担当者に能力がないことの証明です。
 排除の論理でなく、農業に興味のある若者や壮年者を積極的に農業に取り込む。先ず、これを農業政策の基本に据えなければなりません。

農業の規制を撤廃する

 農業は、長年、改革の必要性を叫ばれながら、一向に改革が進まなかった分野の代表です。小作人を保護するために制定された農地法が、今でもしぶとく生き残り、農業活性化の妨げとなっているのです。食糧の配給制度が健在だった頃の法律が、今でも農業を縛り付けているのです。岩盤規制と言われる所以です。
 その結果、農地は活性化されず、農業就業人口も一貫して減少の一途をたどってきました。これら農業を縛り続けた制度を根本から見直すことは、今後の国の発展にとっても地方の活性化にとっても欠かすことのできない施策であり、安倍政権において、何が何でも実現しなければならない最重要課題の一つである思います。

日本の農業は強く魅力ある産業になりうる

 日本の農民や農業団体は、こぞって日本の農業を弱くする方向で活動してきました。常に保護を求め、農産物の自由化にはいつでも反対し、農業への新規参入すらも阻んできました。特に、農業団体の責任が大きいと思います。人間も農業も、保護しすぎるとひ弱な体質になります。
 その結果、農業は魅力のない産業となり、その従事者は、毎年、減少の一途を辿ってきました。しかも、グラフで見るとおり、60歳以上の従事者はほとんど減らないのに、若年労働者は、常に減少の一途をたどってきたのです。

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 このことは何を意味しているのでしょうか。農業に魅力がないからでしょうか。いえ、決してそうではありません。上に述べた通り、常に保護を求めるばかりで、新規参入を阻む制度設計になっているからです。
 これまで牛肉やオレンジ、さくらんぼなど、農産物の輸入自由化が問題になる都度、農民や農業団体は、「自由化されれば、日本の農業が壊滅する」、と叫んできました。しかし、自由化された結果、壊滅した農産品はひとつもありません。
 私たちは、「本当は日本の農業は強い」、ということを知るべきです。TTP交渉に際して、彼らはコメの自由化は聖域だと主張していますが、決して聖域ではありません。正々堂々、自由化して、どんどん輸出ができるようになれば、日本の米は、アジア地域だけでなく、世界市場でも十分に戦えます。
 例えば、モンゴルという国。この国では、国民の所得水準が徐々に高まってきたことに伴い、美味しいお米に対するニーズが、急速に高まりつつあります。日本の工業製品や農産物に対しては、安全・安心という神話が確立しており、日本ブランドであれば何でも売れるという状況にあります。しかも、モンゴルの広大な平原には、地下に豊富な埋蔵資源があることが既に明らかになっています。親日国であるモンゴルに対して、農産物だけでなく、採掘に関する日本の技術力を提供すれば、両国にとって、これ以上ハッピーなことはありません。
 モンゴルだけでなく、インドやタイ、インドネシアなど、農産物の市場拡大が見込める国は、枚挙にいとまがありません。常に、守りの姿勢ばかり取るのでなく、広く世界に向かって市場を拡大していく、という積極的な姿勢が重要なのです。そうすれば、若者たちも大量に農業分野に進出してくるはずです。

日本の農産物は絶対に世界に売れる

 私は、日本が世界に向けて売れる農産品はいくらでもある、と思っています。日本人が美味しいと思うものは、絶対に外国でも売れます。リンゴやみかん、ブドウ、桃、サクランボのように、ポピュラーなものは当然ですが、畑作で作ったタマネギや里芋だって、絶対に売れると思います。なぜなら、自分で里芋を作っているからよく分かるんです。堀り立ての里芋なんてとろけるように美味しい。噛む必要もないくらいに柔らかくて美味しい。こういう物が絶対に売れない訳がありません。
 トウモロコシは世界中で生産されていますが、主として飼料用です。食用にする場合でも、粉にしたり、ピザに乗せるなど、素のままで丸かじりするような食べ方は少ないようです。それは味も関係していると思います。日本で食用として生産されたトウモロコシは、昔に比べたら断然甘く、美味しくなっています。丸囓りできるトウモロコシがこんな美味しい、ということを理解させれば、爆発的に売れると思います。

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 コンニャク芋は、900%以上という猛烈に高い関税を課して、参入障壁を築いていますが、そもそもコンニャクは世界規模で食べられている農産品ではありません。それなのに、むちゃくちゃ高い関税をかけているのは、主産地が群馬県であり、歴代総理(福田、中曽根、小渕)など有力政治家が多いという以外に、確たる根拠が見いだせません。コンニャクは、栄養価は高くないが、お腹が膨れる日本人好みの食品です。しかも、腸の掃除までしてくれます。世界的な健康志向の高まりを考えるなら、もっともっと世界規模で売り出したい食品です。どうして、関税障壁など設けて、内にばかり籠もろうとすんでしょうか。全く理解困難です。

加工商品も売り方次第で必ず売れる

 加工品の中にも、もっともっと世界に打って出るべき農産物関連商品はいくらでもあります。味噌や醤油は、日本食の普及に伴い、既に世界的にも認知されつつあります。日本のパンも、もちもちとして柔らかい食感で、世界に受け入れられること請け合いです。私の大好きな日本酒だって、これからは爆発的に世界に普及するのではないかと思っています。今、それ程普及していないのは、売り方に問題があります。日本酒が売れるようになれば、つまみとしての豆腐や枝豆など関連商品も売れるようになるはずです。納豆のような発酵食品だって、匂いを少なくすればもっともっと売れるはずです。
 先日、テレビを見ていたら、九州の和包丁を作っている森高という商標の店が、なかなか売れず閑古鳥が鳴いていたので、ホームページを英語版で表記したんだそうです。そしたら世界中から客がどっと押し寄せ、とても生産が間に合わず、いきなり20ヶ月待ちという盛況になってしまった、という嬉しい悲鳴を上げていました。日本人自身が忘れていた日本商品の良さ、そのことを外国人から教えてもらったという典型例です。要するに売り方です。売る方法さえ間違わなければ、日本の商品は間違いなく世界に売ることが可能です。

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 少し話が脱線しますが、私が好きな演歌、そうあのド演歌です。松山恵子(これはちょっと古いか)や都はるみ、北島三郎や五木ひろし、鳥羽一郎の歌う演歌だって、世界の人が知れば、絶対に大ヒットすると確信しています。こんなすばらしい歌が東洋のこんな島国にあったのか、知らなかった~という驚きで迎えられると思います。あなたはクラシックやジャズ、ロックやシャンソン、そういうものを聞いて泣けますか。哀感や哀愁、郷愁といったものを感じたことがありますか。演歌は、そういったものが溢れている世界です。こういったものが世界に受け入れられないはずはありません。
 その昔、安藤広重や歌麿が描いた浮世絵はマネ、モネ、ドガ、ゴッホ、セザンヌなどに影響を与えました。ゴッホなんて浮世絵の魅力に取り憑かれ、500枚も所蔵していたほどです。広重も歌麿も世界に売り出したわけではありません。勝手に、彼らが気づいたんです。
 カラオケだって、最初は、名古屋で生まれた地方文化に過ぎなかったのに、今や世界中を席巻しているではありませんか。日本人自身では気づかないけれど、世界に受け入れられる素晴らしい品物で溢れている、それが日本という国なのです。

オリンピック開催がベストタイミング

 日本の農産物や加工食品は、既にアニメや漫画、寿司ブームなど、日本ブームの波にのり、かなり普及し始めています。日本のものは、格好いい、可愛い、綺麗だ。スマートでキュートだ。こういった日本を賛美する言葉が溢れていますが、世界的規模で見れば、まだまだ普及の緒についたばかりで、本格的な普及は、これからだと思います。
 一番大きな可能性を持っているのは、2020年の東京オリンピック開催時だと思います。世界中の目が日本、東京に注がれる時に、おもてなしの文化を普及させるのです。その頃には福島原発問題も終息しているでしょうから、真っ先に福島の桃を食べてもらったらどうでしょう。私は、昨年と今年、福島の桃を腹一杯食べました。風評被害で大幅に安くなっていたからです。こんなに美味しい桃がこんなに安い価格で食べられる。本当にもったいないと思いました。こんな美味しい桃を世界の人に食べてもらったら、きっとびっくり仰天するはずです。和包丁と同じく、とても需要に追いつかなくなること請け合いです。

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 日本酒もこのタイミングで、おもてなしの一環として、和食と日本酒を提供したら、こんなおいしい酒が日本にあったのかとびっくりするはずです。日本の酒蔵は需要の落ち込みにより、年々その数を減らしてきています。しかし、これも、酒蔵や製造過程、それに杜氏(とうじ)なども顔写真入りで紹介し、英語版で売り出すだけで、大きく飛躍する余地があると思います。そうは言っても先ず、実際に飲んで頂く、この経験に勝る営業はありませんから、オリンピックの時に、是非皆さんに経験してもらいましょうよ。

幸手版の和郷園をつくる

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 千葉県に「和郷園」という農業法人があります。加入農家60戸からなり、生産(一次産業)から加工(二次産業)、販売(三次産業)まで、すべて一貫して事業を行っている、一大農業コンツェルンです。6次産業の見本と言ってもよい立派な法人です。
 同法人は、創設以来、農業生産者の自律を合言葉に、 時代のニーズを取り入れ、生産者の技術向上はもちろん、GAP(農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動のこと)の取り組み、加工事業、販売事業、リサイクル事業、海外における展開と、農業を軸に活動の幅を広げている団体です。もちろん、貸し農園や農産物の通信販売などにも、積極的に取り組んでいます。
 このような農業コンツェルンが千葉県にできて、埼玉県にできない理由は全くありません。物真似は決して好きではありませんが、見本がないなかでやるよりも、立派なお手本がある方が、遙かに設立も運営も容易です。要はやる気です。見習うべきところは見習い、組織・体制を整え、皆が一丸となって取り組めば、農地の多い幸手なら、決して実現できない目標ではありません。

余剰農産物を有効活用する

 少しでも農業をやったことのある人なら、よくお分かりのことと思いますが、農産物、特に野菜類は、夏季に集中的に大きく成長します。自家消費では追いつかないほど、できてしまいます。これらの余剰野菜類を、僅かのお金を支払うことにより集荷し、それを希望する人に配達する仕組みをつくれば、双方に大きなメリットが生じます。
 新鮮な野菜を低価格で入手できるので、一般家庭の主婦にも歓迎されるでしょう。高齢者施設なども双手を挙げて賛成するでしょう。1人暮らしの高齢者からも希望者が出るかもしれません。このような零細システムの運営は、大きな利益を追求する営利企業には向いていません。NPOなどの非営利団体又は高齢者の組織が取り組む方がより適切でしょう。

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第2の方策  森林活用の推進

見捨てられてきた森林

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 幸手活性化の2つ目のキーワードは、山林の活用です。日本の国土面積は3,779万ha、森林面積は、2,510haとされています。つまり、国土の66%が森林です。世界的に見ても、国土面積に占める森林面積、つまり森林率は堂々世界第3位です。日本は森林大国なのです。これまでこの豊富にある森林がほとんど活用されて来ませんでした。長期の展望を持たないまま、安価な外材に頼ってきたからです。
 しかし、その結果、世界の森林資源の多くが、自然のサイクルを無視した伐採により疲弊し、人間の住環境にも悪影響を及ぼしつつあります。日本は、自国にある豊富な森林資源を放置しながら、一方では、本来は保全すべき外国の森林を痛めつけてきたのです。
 木は伐採や切り出し、運搬、製材に人手を要しますが、木の成長に合わせ、間伐など適切な管理をすることによって、資源としての森林は永続的に維持可能であり、消費し尽くすということがありません。つまり、循環型資源の代表です。この点で、石油や石炭、天然ガスなど、いわゆる化石燃料とは根本的に異なっています。

過疎地の解消にも有効

 全国の過疎地は、現在でも増え続けています。総務省の調査によれば、昭和35年時点で、過疎地人口は全国で1,873万人、全人口に占める割合は19.9%でした。それが、平成22年時点の人口は1,120万人にまで減少し、人口に占める割合も8.8%に減少しています。全市町村の4割以上、国土面積の半分以上、実に57.2%が既に過疎地という惨状なのです。

           表 過疎地人口と過疎地面積の推移

過疎地の人口対全人口過疎地面積対国土面積
昭和35年1,873万人19.9%     k㎡     %
平成22年1,120万人 8.8%216,000k㎡57.2%

 これらの過疎地に共通していることは何か。それは若者が少なく高齢者が多い。従って、財政力も弱いということです。その結果、限界集落と言われる地域も増えつつあります。これに対する国や自治体の施策は、過疎地や限界集落の人達を医療や教育施設の整った地域の中核都市に集め、効率的に面倒を見ようという貧弱な発想しか出てきません。確かに、一時的に見れば、効率的で節税効果のあることは間違いがありません。しかし、これでは問題の根本的な解決にはなりません。過疎化と森林荒廃に拍車がかかるだけです。
 そもそも過疎化に至った根本原因は何なのでしょうか。国全体の人口が減少の一途を辿っているわけですから、過疎地のみが人口減少の大波を避けることはできません。しかし、過疎地においては、より一層人口減少と高齢化が顕著に進んでいることは間違いありません。その原因は、ズバリ農業の過保護と山林資源の放置に原因があります。
 人間も農業も、過保護の下では、強く逞しく育つことはできません。山林資源を顧みることがなかった損失も、計り知れないものがあります。山林は、決して人手が足りないから荒れたのではありません。もともと山林を有効に活用し、そこに労働の場を作ってこなかった、という政策の失敗に根本原因があります。

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 決して今からでも遅くはありません。森林を有効に活用することにより、我が国の中山間地に労働の場を作り、それを支えていく仕組みを作ることが必要です。世界には、そのようにして発展したオーストリアという立派な先進事例もあります。そして、そのことによって、資源のない日本も、持続的に発展していくことが十分可能になるはずです。我が幸手市は、率先垂範、森林の活用に貢献すべく、大きく舵を切るべきだと思います。森林のない(!)幸手市が、木材資源の活用によって雇用の場が拡大し、市財政が潤い、その上人口まで増えた。そんな実例ができたら、全国の過疎で悩む自治体にとって、これ以上の朗報、希望の灯はないでしょう。

森林のない幸手市でも貢献は可能

 幸手市は、森林面積は少なく、殆どゼロと言っても過言ではありません。だからこそ今まで森林活用という発想が全く出てこなかったのでしょう。しかし、森林活用の方策は、市域内に森林がなければ検討できないという問題ではありません。関東地域、又は埼玉県というエリアを鳥の目で俯瞰すれば、森林面積は決して少ないわけではありません。つまり、森林資源を活用するためには、一つの市町村内で事業を完結する必要は全くないのです。

県名森林面積(ha)森林率国内順位備考
群馬県  423,331 67% 27位
栃木県  353,048 55% 35位
埼玉県  122,237 32% 44位
全 国25,000,000 67%  
世 界  約40億 30% 国連FAO公表値

 埼玉県の森林は122,237ha、森林面積32%であり、全国順位でも44位ですから、山の少ない県と言えるでしょう。しかし、地形的にみれば、左右に細長く、その分山林をより多く保有する栃木県や群馬県と長い県境で接しています。また、埼玉県は、これまで東京一極集中の方向で開発が進んできたため、都心に向かう幹線道路は、横よりも縦方向に発達しています。つまり、木材の輸送コストを考えれば、県内よりも県北の栃木、群馬の森林に目を向ける方が、交通網の観点からも合理的なのです。ですから幸手市あるいは埼玉県の森林率の低さは、余り問題にする必要はありません。

林業は持続可能な豊かさを守る

 木は人に優しい資源です。木の臭いは、人々に安らぎをもたらします。また、木にはぬくもりがあり、湿度を調節する調湿効果もあります。梅雨時でも木材が湿気を吸収するので、ジメジメせず、快適に過ごすことが可能です。
 また、木は、燃やせば炭酸ガスが発生しますが、成長の過程で炭酸同化作用によって、酸素を放出します。従って、木材は、酸素と炭酸ガスの出と入りが同量ですから、燃やしてもCO2の放出量にはカウントされない、というのが科学的常識であり、国際的な共通認識でもあります。
 このように、木には様々な利点があるだけでなく、循環型のエネルギー源ですから、いくら使っても消費尽くすということがありません。木が成長したその分だけ、人間が分けていただく。表現は良くないですが、利子で生活していくようなものです。その点で、育てて獲る漁業とかなりの類似性があります。人間にとっても、木にとっても、お互いにハッピーな状態を作り出すことで、私たちの生活が維持できるのです。

木の葉さらいの復活を

 私は、子供の頃、栃木県の那須塩原市(当時は、狩野村。その後西那須野町となり、現在は市町村合併により那須塩原市)というところに住んでいました。当時、晩秋から初冬にかけての風物詩は「木の葉さらい」でした。木の葉さらいなんて、若い人は全く分からないでしょうね。木は、冬になると落葉します。もちろん、落葉樹だけですが。

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 この落ちた葉を、熊手という道具を使ってかき集め、ネットに丸め、荷馬車に積んで各家庭に運んだんです。それを各家が庭先などに積み重ね、雨露に晒すことによって、堆肥にしたんですね。
 晩秋から初冬にかけての寒い朝、舗装されていない砂利道を、荷馬車が列をなし山に向かう。これが当たり前の光景でした。私の家は、獣医でしたから、父は木の葉さらいはしませんでした。それでも2反歩ほどの畑があったので、親しくしている農家の方が、毎年、木の葉を分けてくれました。私も、よく一緒に連れて行ってもらいました。木の葉さらいそのものも好きでしたが、小休止や昼食時に焚き火を囲みながらいろんな話をする、その雰囲気が好きだったからです。
 そして最後に、うずたかく積み上げられた木の葉の上に乗せてもらえる。これが最高の楽しみでした。最上段で、荷馬車に揺られながら帰路につく。そんな時の夕焼けの光景と高揚感は今でも鮮明に思い出すことができます。
 問題の本質は、そんなノスタルジックな話ではありません。今、私たちは、このような「木の葉」の存在を殆ど忘れてしまっています。肥料といえば、ホームセンターなどで買ってくるもの。化成肥料や窒素・燐酸・カリウム肥料など、すべて袋に入った化学肥料に頼り切っています。

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 その一方で、木も木の葉も、山の中に放置されたままです。私は、この木の葉を、もう一度、作物の堆肥として復活させるべきだと思います。木の葉は、木材と同様に、自然のくれた貴重な資源、汲めども尽きない循環型の資源なのです。
 私たちが頼りきっている化学肥料は、世界的な需給の変化により、かなり厳しい状況になりつつあります。農水省の報告書によれば、化学肥料の原料となる資源は、かなり限られた国に偏在しているとのことです。国別に見ると、尿素は中国(51%)、マレーシア(39%)及びカタール(10%)、 りん鉱石は中国(38%)、ヨルダン(21%)、モロッコ(18%)及び南アフリカ(17%)、塩化カリはカナダ(71%)及びロシア (16%)といった具合です。
 他方、中国やインドなどの人口大国は、食糧増産に走っていますから、化学肥料の需要も増大する一方です。また、アメリカやブラジルはバイオ燃料を増産するため、食料の供給余力が減少しつつあります。このため、肥料の輸入価格は、近年、上昇傾向で推移しており、平成20年に入って以降は急上昇を続けています。
 私たちの食生活は、いつの間にか、全面的に化学肥料に頼った安直な生活にどっぷり浸かっていたため、その大きな変化に狼狽しているという状況なのです。気がつけば、化学肥料がなければ生活そのものが成り立たない。極めてイビツな生活様式になっていたのです。これでは、日本人の食生活が、世界の経済変動の荒波に翻弄されるのは当たり前です。
 私たちは、もう一度根本的に、自分たちの農産物生産のあり方を見直すべき時期に来ているのではないでしょうか。本当に化学肥料がなければ、日本人の食生活は成り立たないのかをです。私は、これまで述べたように、目を山に向け、木も、葉も、大事な資源として扱えば、世界の経済に翻弄されない、安定した生活が維持できるようになる、と確信しているのです。 

木材資源の主な活用法

 木材資源の有用性にはさまざまなものがあります。以下、そのいくつかを列挙してみましょう。
(1)木造住宅への本格活用
 木は燃えやすく強度も劣る、というのは昔の話です。確かに、木を伐採しそのまま使えば、燃えやすく強度もそれ程強くはありません。しかし、私達は、建築用途としての木材は、大きな変貌を遂げつつある、という現実をきちんと認識すべきです。

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 先ず、強度ですが、板を直角に張り合わせた集成材、これをCLT(クロス・リミテッド・ティンバー)と言いますが、これによって作られた木材の強度や耐熱性は飛躍的に高まっています。オーストリアでは、これを使うことによって、既に9階建てまでなら建築が可能となっています。日本でも、兵庫県三木市にある世界最大規模の実験施設で耐震実験が行われた結果、阪神淡路大震災と同じ震度7の揺れにも十分に耐え切ったのです。
 それだけでなく耐火性能も抜群。CLT建築の一室で人為的に火災を発生させたところ、60分たっても炎は隣の部屋に燃え広がらないどころか、少し室温が上がった程度だったという実験結果も出ています。
 その結果を踏まえ、日本でも建築基準法の改正があと2,3年先と言われるところまで来ています。そうなれば、4階建て、5階建て、あるいはそれ以上の木造建築も十分に可能になります。

(2)燃料資源としての有用性
 日本が木材資源を無視している間に、世界では、木材を加工して家庭用の燃料に転換する技術が、長足の進歩を遂げています。先に挙げたオーストリアでは、木材をペレットに加工し、それをタンクローリーに詰め、家庭に配達する物流システムが、既に日常的に稼働しています。
 各家庭の貯蔵庫への移送は、2本のホースを使って行われます。1本は、タンクローリーから家庭の貯蔵庫にペレットを流し込む。他の1本で、貯蔵庫からペレットの燃えかすを吸い上げる。これらの作業は、すべてボタン一つで同時並行して行われる訳です。ペレットは小さく粉砕されているので、石油など液体燃料と同じように取り扱うことができるのです。
 日本ではこのような光景を見たことがないため、実現性に疑問を持つ人がいるかも知れません。しかし、既に、木材資源活用先進国においては、当たり前の光景です。世界第3位の森林資源大国であり、しかも技術大国である日本において、同等以上のことが実現できない理由はどこにもありません。
 実は、このオーストリアという国。経済の面でも実に安定した健康優良国なのです。ジェトロが公表しているデータによれば、失業率は4.2%で、EU加盟国で最低です。1人当たりの名目GDP(国内総生産)も49,688米ドルで世界第11位(因みに日本は第17位)です。その秘密は、まさに木を徹底的に活用して経済の自立を目指す取り組みを、国を挙げて実行してきたからに他なりません。
 森林率は日本の66%に対して、オーストリアは47.2%です。日本の方がかの国を遙かに凌駕しています。ただし、人口密度が違いますので、1人当たりに換算すると、日本が0.2haであるのに対してオーストリアは0.47haと、オーストリアの方が1人当たりで使える木材の量が多いことは確かです。しかしこの差も、日本の技術力を活かし、燃焼効率を改善するなどすれば、その差はそれ程大きくはないと見るべきでしょう。

その他の木材活用法

 その他木材は、さまざまな活用が可能です。そのいくつかを列挙してみましょう。
①エコストーブ
 木材を燃料にするストーブには、いろいろなものがあります。昔のダルマストーブのような古典的なものもありますが、最近のストーブはかなり進化を遂げています。私が実際に見たものは、那須にある非電化工房(代表 藤村靖之氏)のストーブです。これは、最初から最後まで手作りで、従って、製作・設置費用が極めて低廉なものです。費用は僅か5,6千円とのことでした。
 しかし、ストーブの中でも、極め付きは、エコストーブではないでしょうか。エコストーブというのは、雑木を煙も出さずに完全燃焼させる、というものです。このエコストーブ、いろいろ調べてみたら、里山資本主義(藻谷浩介・NHK広島取材班著)という本に載っていました。木の枝が4~5本あれば、夫婦2人、一日分のご飯が20分で炊けるそうです。燃焼エネルギーのすべてを、ものを暖めるのに使うシステムになっているため、木の枝が5,6本でも足りるのだそうです。しかも、材料となるペール缶は、ガソリンスタンドなどから廃品として譲り受けるので無料。そのほかには、ステンレスの煙突や断熱材となる土壌改良材は、ホームセンターで購入。しめて5~6千円。作り方は一応教えてもらう必要がありますが、女性でも1時間もあればできるようなものです。

②バイオマス発電
 バイオマスというのは、厳密に言えば、石油や石炭などの化石燃料も含む概念ですが、ここでは、こういった化石燃料を除いた木材資源に限定します。当然ですが、木材資源を用いれば、発電をすることも可能です。木材資源は再生可能エネルギーですから、永続的な使用が可能となります。

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 右の図は、ヤンマー の木質バイオマス発電プラントで、実証試験中の施設のイメージ図です。このような実証施設が日本各地で稼働を始めています。
 大分県日田市には、既に、日田ウッドパワーという会社が運営する木質チップを燃料とする発電所があります。ここでは、未利用材や廃棄される木材などを利用して発電し、10,000戸に電気を供給しています。広く浅く存在する木質バイオマス資源を1箇所に集中させることにより、電気という利用しやすいエネルギーにしているわけです。
 木質チップの形になるものであれば、屋根材や支障木、それに造園業などから出る端材や剪定木なども原料になります。山から材木を切り出してわざわざ燃料用チップにするのでは、採算に合いません。バイオマス発電用のチップは、通常の製材過程から生じた端材などを活用することを前提とするものです。

③セメントへの混合
 木材は燃える、腐る、水に弱いというのが我々の常識です。しかし、木材にセメントを結合材にして木質のセメントボードを作ると、これが補強され、セメントとしても軽くなり、強度も高くなります。つまり、両方の利点が引き出された結合品が出来上がるというわけです。
 こうして作られた木質ボードは、他の材料にみられない優れた性能のボードになります。木質セメントボードは、既に建築をはじめ家具、建具、電機器、雑
貨など多方面で使用されていますが、その特徴は主に「耐久性」と「防火性」に優れているという点にあります。もちろん、すべての木材が材料として適しているわけではありませんが、今後研究が進めば、まだまだ使用可能な木材の範囲も広がって行きそうです。

④木材からバイオエタノールを作る

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 バイオエタノールというのは、植物が作りだす糖やでんぷん、セルロースなどを原料として製造されたエタノール(エチルアルコール)のことです。現在、バイオエタノールを最も利用しているのはアメリカとブラジルで、それぞれトウモロコシとサトウキビを原料としています。でんぷんを糖に分解し、さらに糖を分解してエタノールを製造するわけです。
 しかし、木材も有機物ですから、廃材などを活用すれば、立派なバイオエタノールの原料となるわけです。国は、地球温暖化対策を進めていますが、木材資源を活用して燃料用エタノールを製造・販売することは、化石資源の使用量の削減に寄与し、二酸化炭素排出量の削減にも有効です。

⑤ピザ焼き用の薪窯を作る
 木材資源の活用法の一つとして、ピザ焼用の窯を作るというのも面白いと思います。前述した非電化工房では、工房の敷地内にピザ焼き用の窯を設置していましたが、素人でも作ることができるというので、興味深く拝見しました。
 こういったピザ焼き用の窯が幸手市内の各所にできたら、楽しいと思いませんか。ピザ焼き用の窯が普及すれば、そこで必要とされる薪の需要も増加し、いい意味での木材エネルギーの循環が可能になります。

 このように木材資源は、生活のあらゆる面で、活用可能性の高い資源なのです。このような有用な木材資源を活用するか否かによって、私達の生活は大きく変わる可能性があります。

雇用の増大にもつながる

 木材資源の活用は、大きな雇用も生み出すということが、木材資源活用大国オーストリアの例を見れば明らかです。森林の管理は、育苗から植樹、伐採、そして加工場への輸送、そこでの材木やペレットへの加工、付随する機械類の開発・製造、更には煙突掃除に至るまで、その労働市場は広い裾野を持っています。
 今のご時世、ただ単に山の木は切ればいい、という時代ではありません。林業に従事する以上、経済に関する知識も、生態系に関する知識も必要になります。更には最新のテクノロジーの知識も必要になります。もちろん、木造による5階建て以上の建築も視野に入っています。木を活用する職場は、もはや決して、きつい、汚い、危険の3K職場ではないのです。

企業誘致の起点にも

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 木材資源をエネルギー源にするということは、木が太った分、つまり成長した分だけを、人間が頂くということです。いわば利子で生活しているのと同じようなことです。このようにすれば、石油や石炭、天然ガスなど、既存の化石燃料の価格変動に左右されることはなくなります。
 エネルギーの価格変動がほとんどなく、しかも安定的に供給されるならば、企業にとっても大きな魅力になる筈です。
 このことを実証した例があります。オーストリアの例ばかりで恐縮ですが、同国にギュッシングという田舎街があります。そこにヨーロッパ中の企業が集まってきているのです。エネルギーコストが安く、しかも、化石燃料の価格変動に左右されない安定性があるからです。利益に敏感な企業なら、当然の選択と言うべきでしょう。
 幸手市の場合、まもなく圏央道のインターチェンジできるわけですから、木材資源の活用と企業誘致という観点からも、極めて有利なポジションにあると言ってもよいでしょう。

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第3の方策 少ない投資で生き甲斐づくりを

葛西用水沿いを遊歩道に

 全体的にみて、幸手市には、憩いの空間が少ないと思います。幸手は、宿場町ではありましたが、基本的には米作を中心とする農村地帯でした。市域の河川・水路は、低く平らな地形と、農業用排水路に由来する水路が多いことから、 複雑な水路系統になっています。用排水を起源とする中小水路を含めると市域の河川延長 は500キロメートル以上にもなると言われています。このような地域特性から、「憩いの空間」を志向するという発想は殆どなかったと思われます。

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 しかし、人々を引きつける魅力ある住環境を形成していくためには、何らかの戦略が必要です。その一つは、多くの市民が安心して憩える空間として、遊歩道を作るべきだと思います。新たな用地を確保するのは、市の財政状況から厳しいので、既存の人的・物的資源を活用すべきだと思います。
 その適地は、ズバリ葛西用水です。葛西用水は、幸手市内を蛇行して流れており、既に、狭いながらもかなりの部分で、両岸に舗道敷が設けられています。この空間は、恐らく管理用の敷地として購入されたものと思われます。
 現状では、草が生い茂っていたりして、管理状態は不十分です。この空間に木材チップを敷き、草の繁茂を抑制するだけでも、遊歩道としての効用は格段に増すことでしょう。また、必要最小限の予算で、所々に、蓋をかけ、両岸の往来を可能にしたり、敷地に余裕のある空間には、ポケットパーク的に石造の椅子を配置するだけでも、憩いの空間としての機能は格段に向上するはずです。

空き家の本格活用を

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 社会の高齢化に伴い、空き家も増加する一方と言われています。しかし、これらの遊休資産が有効に活用されたという話は殆ど聞いたことがありません。
 これらの遊休資産をどのように活用するか、その活用策が見つかれば、住みよい町づくりに大いに貢献する可能性があります。
 通常、空き家は、家主の立場からすれば、月々の収入の糧にするため、本当は賃貸に出したいはずです。それをしていないということは、自分が戻ってきた時にすぐ使いたいとか、賃貸借契約をめぐる借主とのトラブルを避けたいなど、何らかの事情があるはずです。その一方で、空き家のままにしておくと家の痛みが早い、庭木の手入れができず草茫々になってしまう、といった悩みも抱えているはずです。
 このような貸主側の悩みを解消する方法として、公共団体が一括して借り上げるという方法が考えられます。当然、市は多くの空き家を管理する人手も予算もないでしょう。そのため、その管理はNPO法人などの非営利団体に全面的に委託すればよいのです。NPO法人は、草取りや庭木の手入れ、室内の換気など、最小限の管理を行い、管理状況を直接家主に報告するのです。
 もちろん、管理に必要となる費用を捻出する方法も考える必要がありますが、それは、受託者側で独自に考える方がよいでしょう。
 ロケーションが良ければ、ミニ喫茶店を開業するなどもありでしょう。広いリビング空間があれば、近所の子供さんを預かったりすることも可能でしょう。習字やそろばん、絵画など各種の教室を開くことも考えられます。また、子育て中のママさんが、ほっと一息つける憩える空間づくりをすることも可能だと思います。曜日を決めて、囲碁や将棋を楽しむなど、高齢者が気軽に集える空間を創出することも可能でしょう。
 いずれにしろ、住みよい街と言えるためには、「地域のいたるところにきめ細かいサービスが用意されている」ということが重要なのです。そのため、行政には、予算は使わず、頭を使って、これらをシステム化していくことが求められているのです。

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Ⅲさいごに

小泉元総理の原発廃止論

 元首相、小泉純一郎氏が原発全廃論を打ち出しました。自分が総理の時には、原発推進論者でしたから、その変節ぶりを批判する声も多く聞かれます。私も、その豹変ぶりには少々驚きました。彼は、フィンランドの現地で核のゴミ処理施設を視察し、その解決の容易ならざる事態を目の当たりにして、原発への思いが変わったんだと思います。

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 確かに、核のゴミをどのように処理するのか、人類は未だその解決策のないまま、フルスピードで走り続けています。専門家は、「未来の賢人達がその解決策を見つけてくれるはずだ」と言います。しかし、自分たちの世代で解決の方法が見つからないのに、解決策だけ未来の人々に委ねるという姿勢は、冷静に考えれば極めて無責任だと思います。その意味で、小泉氏の言っている原発全廃論は、基本的方向としては間違っていません。ただ、現実問題として、今すぐそうすべきかと言われれば、NOと言わざるを得ません。
 私は、今すぐに原発を全廃するのではなく、一部を稼働させつつ、徐々に原発廃止の方向に向けて確実に歩を進めるべきだと思います。そのためにはどうすればいいのか。それこそが、私がこれまで述べてきた、日本に豊富にありながら、未利用のまま放置されてきた森林資源(地熱発電も大変有効だと思いますが、焦点が拡散するので、ここでは触れません)の活用、それと大胆な農業政策の転換だと思います。上手に使えば、未来永劫尽きることのない木材エネルギー資源。この貴重な資源は、決して世界のどの国にも豊富にあるわけではありません。
 これからの世界は、食料とエネルギー資源、それに水をめぐって熾烈な競争が始まる、いや既に始まっていると言われます。幸い、日本は、豊富な水資源、森林資源に恵まれています。そのうえ、農政の失政によって休耕田すら強要するほど、豊富な農地にも恵まれています。更に、領土を海に囲まれており、豊富な漁業資源にも恵まれています。

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 加えて、勤勉で豊富な労働力と世界に冠たる技術力の裏付けもあります。これほどに条件の整った国が他にあるでしょうか。それなのに、全国津々浦々に、国土の半分以上の面積を占める過疎地が存在する。なんともイビツな発展を遂げてきた国、それが日本です。
 これからは、過疎地にも多くの人々を呼び戻す。そのための農業の見直しと木材資源の見直し、これこそが今後の日本の進むべき方向です。今すぐにでも、全国津々浦々の市町村も、その方向に向かって、歩を進めるべきだと思います。
 これまで私の述べてきた事柄は、幸手の活性化という視点から述べてきましたが、実は、これらのことは、全国どこの自治体でも適用可能な事柄ばかりです。とにかく、今すぐにでも行動を開始すること、これに尽きると思います。

コンパクトシティ構想は最悪の選択

 今、国土交通省は、地域に分散した高齢者を都市の中心部に集める政策を推し進めようとしています。コンパクトシティと言われる政策です。それによって、広域的な広がりをもつ公共施設を都市の中心部に集約し、効率的に管理しようというわけです。確かに、この政策によって、道路も、河川も上下水道も、更に学校や医療施設など、最小限に抑えることができ、国民の税負担も抑制されるように見えます。
 しかし、この政策には、重大な欠陥があります。第一に、この政策を推進することによって、日本全国の過疎化は決定的なものになり、将来の日本の復活の芽を摘むことになります。日本の過疎地は既に国土全体の57.2%に達するという憂うべき状況にあるというのに、更に、追い討ちをかけるように過疎地を拡大しようというのでしょうか。第二に、地方に残された貴重な人的・物的な文化遺産は跡形もなく消滅してしまいます。保守管理する人間がいなくなれば当然です。このことは日本人の精神的支柱の喪失にもつながると思います。更に、地域住民同士の、強い結びつき、絆を断ち切ることにもなります。その例は、東北大震災の例を見れば一目瞭然でしょう。

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 つまり、この政策には、効率性や節税というキーワードは見えますが、「地域を活性化させる」という意図は微塵も感じられません。
 そもそも日本の人口が減少する、というのは避けがたい必然的事象なのでしょうか。結婚したくない、子供を産みたくない、産んでも一人だけで十分だ、という発想は、若い人たちの不変の信念、揺るがない確信なのでしょうか。
 決してそんなことはないはずです。人間とは、本来、結婚をしたい、子供も欲しい、安心して埋める環境があるならば、2人でも3人でも子供を産みたい、と考える動物なのではないでしょうか。広い敷地で子供を自由に遊ばせ、野菜づくりなどをしながら住めるなら、田舎に住むのはノープロブレム、と考える人はいくらでもいるはずです。
 だったら、行政は、どうしてそれを支援し、拡大する方向で政策を考えないのでしょう。私の唱える農業の活性化や木材資源の活用など、困難な問題はあるとしても、方向性は決して間違っていないと思います。なぜならば、世界にはその生きた先例があるんですから。そして、今の日本なら、まだそれを実現できる底力を持っているはずです。
 そうであるならば、地方に人を呼べる、人々が喜んで身を投じることができる場の創出に、政策の舵を切るのは当然のことではないでしょうか。もういい加減に、縮み思考や過去の延長線上で物事を考えるトレンド志向はやめませんか。地味ではあっても、確実に日本国全体が大きく発展していく、大胆な見取り図を描くべき時期に来ているのではないでしょうか。小泉さん、がんばれ!(文責:島田)
        

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