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富士山が見えました

富士山が見えました

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 遅ればせながら、皆さま、本年もよろしくお願いいたします。このヨガ教室も、ヨチヨチ歩きながら、スタートしてから間もなく満1年が経過しようとしています。あっという間のようにも思えるし、もう何年も時間が経過したような気もします。
 そんな思いを抱いている時、今朝、ヨガ教室の会場、アスカル幸手の駐車場で車を降り、一歩歩みを進めたところで、思わぬ光景が目に飛び込んできました。
 富士山です。富士山が見えたんです。それも平地からです。これまで1年間、同じところで乗り降りしていたのに、全く気付きませんでした。もちろん、ここ幸手からでも富士山が見えることは知っていました。

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 しかし、富士山の見えるのは、跨線橋の上とか、マンションの上とか、或いは、通勤電車のつり革につかまりながら、という状況でしか見たことがなかったんです。平地からでも見えるというのは大変な驚きでした。
 すぐ頭に浮かんだのは、不動産屋的発想です。「富士山の見える敷地!」「毎日富士山の拝める土地です!」、なんていう宣伝文句がすぐに頭を駆け巡りました。
 もっともこの富士山。大体冬場しか見えないんですよね。空気が澄んでいる季節ということですね。今の時期、猛烈に寒いですから、空気も澄んでいるんでしょう。しかも、写真でご覧のとおり、よほど眼をこらして見なければ、見えないと思います。一応、写ってはいるんです。

昔は天の川が見えました

 見えた、と言えば、その昔、約60年ほど前ですが、天の川が見えました。大空に文字通り満点の星が輝き、その背景を飾るかのように天の川が雄大にうねっていました。当時の日本は、まだ経済成長前の段階です。今の北朝鮮に毛の生えたようなレベルでしたね。父が、「車が塩原温泉の山を登れない」、と嘆いていた時代の話です。夜ともなれば、街灯もなく、真っ暗だったんです。だから、天の川がよく見えたんですね。
 下の写真はNASAの撮影したものですが、私の記憶にある天の川は、大きく蛇行していたんです。そう、文字通り蛇のように大きく蛇行していました。
 家内にその話をすると、ポカンとして「私はそんなもの見たことない」と突き放すように言うんです。私の育ったところは、栃木県の那須。彼女は、広島県の三原市。「ド田舎」、という点ではどっこいどっこいだと思うんですが、妻曰く、「私は父の転勤ですぐに東京の四谷に引っ越したから、そんなもの見てない」と言うんですね。そして、事のついでに、「私は父によく新宿御苑に連れて行ってもらった」なんてぬかす、いや、言うんです。私が洟垂れ小僧達と棒きれを振り回し、チャンバラごっこをしていた頃にです。

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 要するに、「私はそんなド田舎に育ったわけではない」ということを言いたいんでしょう。歯ぎしりをし、じっと耐え忍ぶしかありません。おしんの気持ちです。
 洟垂れ小僧で思い出しましたが、あの頃の子供は、ほんとに皆青っ洟を垂らしていましたね。どうして人間の顔からあんなに気持ちの悪い色の洟が出るのか分かりませんでしたが、要は、栄養不足が原因だそうです。私もご多分に漏れず、青っ洟を垂らしていましたから、いつも袖口はピカピカ光っていました。青っ洟をそこになすりつけるからです。どうしてティッシュで拭かないのか、ですって?その当時は、そんな立派な商品などなかったんです。手鼻でピューッと左右に飛ばすか、袖口にこすりつけるか、舌を出してズズーと吸い込むしか方法がなかったんです。
 いえ、決して私だけがそうしていたわけではありません。当時の子供は皆、袖口がぴかぴかになっていたものです。ひどいのになると、ピカピカが乾き、その上にさらに鼻水をこすりつける。それを繰り返していくと、だんだん厚みが増してパカパカになってくるんですね。そのため、その部分がコンクリートのように、ひび割れを起こしてくるんです。
 私は、根が清潔好きなので、そこまでひどくはありませんでしたが、何人かそういう子供がいました。多分、今の北朝鮮の子供たちの衣服の袖口は、ひび割れ状態になっているはずです。今度、テレビで北朝鮮で密かに撮影された映像を見るときは、子供の袖口に注目してください。パカパカピカピカになっているはずです。貧乏と栄養失調の成れの果てです。
(参考:→鼻たれ小僧の頃

 そういえば思い出しました。あの頃の女の子、おかっぱ頭で、髪の毛はおでこのところで横真一文字に切った子が結構いましたね。私は、余り審美眼がなく、女日照りの日々でしたから「女なら誰でもいい」と思っていたものです。そんな私ですら「少しウエーブをつけるとか、もう少し滑らかにするとか、可愛げにカット出来ないものかね~。横真一文字はないだろう!」なんて思ったものです。

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 きっと本人も相当に嫌だったんじゃないんでしょうか。床屋に行ったばかりだというのに、少しも楽しそうな顔をしてませんでしたもの。右の写真は、まだ多少カーブがついているし、美形少女ですからまだましなんですが、土台がイモ姉ちゃんの上にほっぺたが真っ赤。その上に横真一文字では、ホントに気の毒という以外に言葉がありませんでした。袖口ピカピカ男と横真一文字女が並んだ姿は、どう見ても絵になりそうにありませんものね。 
 話が変な方向に逸れてしまいました。そうそう天の川でしたね。あの銀世界の星々の中を雄大に流れる天の川の素晴らしさ、それを知っている者と、知らない者の差、大きいと思いますね。私が、こんなにも純情で純粋で、しかもつぶらな瞳(つぶれた瞳ではありません)と清らかな心の持ち主に育ったのも、天の川を見ながら育った、あの那須の大地があったればこそなんです。

今日のインストラクターは竹内先生です。

 さて、今日のインストラクターは、竹内先生です。嫁ぎ先が、梨農園というだけあって、大地からエネルギーをもらっているんでしょうか。いつも明るく朗らか、インストラクターはこうでなくちゃ、という見本。元気のもらえる先生です。

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 彼女のFacebookを拝見したら、足の爪にきれいにマニキュアをしている写真が載っていました。女性は、頭の先から足の先まで、飾るもので溢れているんですね。文字通り体すべてが芸術品なんですね。足の爪なんて、誰も見ないところまで、しかもお金をかけてまで綺麗にする。その精神は、本当に男には全く理解困難です。これは男と女のDNAの違いからくるものなのかもしれません。男は鹿やウサギなど食糧を求めて野山を駆け巡る。その間、女は、子育て、調理をしながら、女同士話に華を咲かせる。それがホモサピエンスのDNAとしてビルトインされているのでしょう。
 もっとも、最近の青年には、薄化粧をしたり、香水をつけたり、髪の毛も美容室で切ってもらったりしている人も少なくないようですから、男性の女性化もかなり進んでいるのかもしれません。
 道理で最近は、電車に乗っても、男か女か区別のつかないような若者が増えていますね。隣席の髪の毛の長い女性と肩が触れ合い、幸せ一杯、ルンルン気分で小一時間過ごしたことがあります。その女性が降りる時、チラット顔を見たら無精ひげを生やしていたんです。本当に気絶するかと思いました。俺の1時間を返してくれ、俺の夢を返してくれ、と思いました。
 姿かたちからどうしても男女の区別がつかないという時、最終的にあなたは何で判断します?昔は、腕時計で区別ができました。女物の腕時計は小さいものと相場が決まっていたからです。文字板など、虫眼鏡で見なければ分からないような物をしていました。いい時代でした。女性に対して「かよわい」という形容詞が普通に使えたんです。
 でも、今はとてもそんなものでは区別できません。ダンプの運ちゃんだって、若い女性が結構混じるような時代です。くわえ煙草のお姉ちゃんがダンプの運転手をしてるなんて姿も見たことがあります。
 電車の場合、男女の区別がつかないとき、私は、豊富な人生経験を総動員して、横目でそっと靴を見るんです。靴の大きさで大体分かるんです。和田アキコのような例外もありますが、ほとんどのケースは、これで区別ができます。足が小さいのにブカブカの靴を履く女性はいません。多分。でも最近は、大きなべっタラ靴を堂々と履いている女性もいるので、決して油断はなりません。

70歳にして美容院デビュー

 そういう私も、実は、最近、美容院デビューをしてしまったんです。NPOを一緒に運営しているヨガ教室の責任者、そう、このホームページのトップページに掲載されている林さんが、髪を美容院で切ってもらっている、と聞いたので興味を持ったんです。彼は、70歳の私よりもいくつか年上です。

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 その彼が美容院に行っている。しかも、その美容院の経営者夫婦と従業員達が、このヨガ教室に来てくれることになったんです。そこで面識を得、話をしているうちに、「それでは私も一度は美容院なるところに行ってみよう」ということになったんです。
 考えて見れば、私は、男性相手の「床屋」というものの存在に、日頃から疑問や不満を持っていました。なぜ床屋はやたらとオジサンが多いのか。たまに女性がいても、オジサンとオバサンの対で、若い女性が一人で経営しているなんて店にお目にかかったことがありません。一度、夕暮れ時に髪の毛の長い女性らしき人が店内で客待ちをしていたので、「お、これは珍しい、早速お願いしよう」と、店に入ったことがあるんです。店に入り、その女性が振り返ったとたん、思わず気絶しそうになりました。毛むくじゃらの男だったんです。髪の毛が長かったし、薄暮の時間帯だったので、すっかり女性だと思ってしまったんですね。
 純情を絵に描いたような私ですから、顔を見て急に帰るほど肝が据わっていません。「どうぞ」という言葉に促され、渋々座席に座りました。本当に惨めな気持ちになりましたね。「悄然として」という言葉は、こういう場面でこそ使うんですね。
 ですから美容院の従業員達がヨガに来てくれたときは嬉しかったですね。早速、美容院に飛んでいきました。流石に70歳前後の客はいませんでしたが、そこはまあ「一応、私の知り合いなのでお付き合い上来ているんです・・・」なんて、心の中で言い訳をしながら座席に座りました。知人でなかったら、どうにも気持ちが落ち着かなかったと思います。
 早速、鷹揚に「頭髪スパ」とかいうサービスもお願いしました。本当は頭髪スパなんて意味が全く分からなかったんです。でも、あれがいいとかこれがいいとか、選択するほどの知識の蓄えがないんです。言われるままに、注文したら、代金は4,050円でした。いつもは10分、1,000円ポッキリのお店専用でしたから、大奮発です。
 でも、あの頭髪スパってなかなかいいですね~。要するに頭のマッサージです。若い女性に頭をなでなでされると、悪い頭でも、何だか猛烈に血の巡りが良くなって、少しばかり頭脳明晰になったような気がします。ドーパミンがパーカパーカ出てくるんでしょうね。

我が家のアイドルもヨガデビュー

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 ところで、我が家の孫娘もヨガの練習に参加してくれました。今、1歳8カ月位ですが、とにかく何でも見様見真似で、やってみよう精神に溢れています。
 こんな幼い頃からヨガに携わっていれば、将来はきっとヨガのインストラクターも務めてくれることでしょう。もう一人、孫息子もNPOのスタッフ気取りで、受付で回数券に参加印を押したり、ヨガを実践したりしているので、こちらも可能性があるかもしれません。
 もっとも、彼ら彼女らがインストラクターを務める年頃になれば、とうの昔に私はあの世に旅立ち、閻魔様に舌を抜かれ、尻を思い切り鞭打たれていることでしょう。

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